少し肌寒くなった時期に、長袖のシャツとゆるいパンツをはいて、そこそこ冷たい風が吹き付ける海辺で、花火がしたい。線香花火を。ひとりで。
いかにもメンヘラっぽい思考回路だなと思う。極めつけに、ひとりでは行ききらないのだからどうしようもない。
昔、ひとりだけ、この花火にのってくれた人がいた。
心の底から依存していて、この人と一緒に死んでもいいかなとまで思った人。その人に恋愛感情はなかった。身体をひらいたことは一度もなかったし、そんなつながりを欲しいとも思わなかった。
ただ、心だけは、その人にぐずぐずに溺れていた。
重たすぎる心のつながりが、私たちふたりをずっと離さないでいた。
「秋の海で花火がしたいんですけど」
「いいですね、それ」
「とはいえ楽しくやりたいわけじゃないんです」
「どうせひとりでやりたいけど、ひとりで海に行くのはいやなんでしょう」
「秋の海にひとりで行っちゃうと死にたくなるから」
ふたりで海に行って、花火をして、なんとなく、死んでもいいかなと思った。きっと相手もそう思っていたのだろうか。
吸い込まれそうな黒目が、私をずっと見つめていた。
「じゃあ、君は花火係で」
私はできるだけ不自然でないくらい少なめの花火を探した。あまり多いと話すつもりのないことが口をついてでそうだし、あまり少ないと心地の良い空気ができあがる前に終わってしまいそう。
そんなことを考えながら、地元のホームセンターで線香花火がたくさん入ったファミリーパックを買った。
結局、その花火に火がつけられることはなかった。
彼はいなくなってしまったのだ。私に花火係を託したすぐ後から。きっと、私が考えていることをわかってしまったのかもしれない。
私が一緒に死んであげたのに。
私と一緒に海に行くんだったのに。
私はあなたのことを見捨てなかったのに。
私の手を無理矢理とってくれればよかったのに。
私を連れていけばひとりじゃなかったのに。
バケツ係のあなたがいないと、ひとり花火はできません。
約束破りな人ですね。
忘れてしまいましたか、あなたが言った言葉を。
「ひとり花火しましょう、お互い背中を向けて。バケツもふたつもっていくから」