彼の目が好き。
嘘のつけない目。でも、人に信じ込ませることの得意な目。
だれかの左目を見ながらおしゃべりしていたのは、彼が初めてだった。この人はいま何を考えているのかな、私の話をきいてどう感じているのかな、私のことをどうおもっているのかな。お付き合いをする前から、全部が気になっていた。だからずっと、彼の目を見つめていた。
左目は、自分の感情が出やすい目だと聞いたことがあった。身体の左側が自分の内心や内面を表に出すことが得意で、右側が仕事や社会性を出すことが得意だと。
彼の右側はたしかに、いたって普通、後輩と仲良くしてくれる先輩そのものの動き、表情だったとおもう。でも時々、左目は、私の奥をじっと見つめて射抜いて、私の視線を離そうとしない時があった。それに気づいたとき、私の心臓はものすごく速く脈を打ち、このまま手を握れたらと何度もおもった。私は彼の左目に、すっかりとりつかれていた。
少しでいいから触れてくれないかな
事故でいいから、手がぶつかったりしないかな
ああ、頭を撫でてほしいな
でも、そんなことを望むのはいけないな
だけど、だけど、抱きしめてほしいな
私は自分の左目に、そんな想いがうつるのを必死に避けた。見破られたらいけないから。私はこの人をお兄ちゃんだと思わなきゃいけないから。
結局我慢がきかなくなった私は、彼の優しさにつけこみ、彼に抱きしめてもらえる可能性のある道を進んだ。そしてそのとおりに、彼は泣きじゃくる私を抱きしめてくれた。その時の彼の目は見なかった。色々な罪悪感があって、見れなかった。でも泣き終わったあとの、彼のまっすぐな、私の心の奥を掴んで離さない視線は覚えている。その時点で、もう、彼をお兄ちゃんだとおもうことは絶対にむりだった。
今も時々、彼の左目に心臓が高鳴る。私の心臓を鷲掴んで全身を震えさせる、熱のこもった目。この目が私にだけ向けられる今が、死ぬほどうれしい。
澄ました顔をして見つめ返しているけれど、腰が砕けそうになる。
それほどに大好きな目。
ずっと、見つめていたい目。