つきの徒然

アセクシャルな人間の日々の雑記

みんなが好かれる世界はないから

恋愛の話じゃないです。

 

久しぶりにブログに書きます。noteでは気まずくて書けないことをこれから書きます。

傷つく気がする人が読んでも、別に私は責任は取りません。すみません。

 

 

この前文学フリマ東京が終わってから、合同誌のみなさんと打ち上げをしました。

みなさんnote関連のことを一生懸命やってらっしゃる方々で、ここ最近個人的に『正直何ガタガタ言ってんの?は?』的なこと思ってた話の概要をその時に教えてもらえてめちゃくちゃスッキリしたんです。

もうその一件一件については色々と議論がされ色んな人が巻き込まれたくさん嫌な思いをした人が出たらしいのであまり言及しませんが、総じて言えることは「面白いかどうかなんてそれぞれの主観でしかないんだから、自分が面白いと思うものを作ればいいじゃん。お金もらってるわけじゃないんだし」ってことです。

 

私は、自分の仕事はプロだと思ってやっています。それでお金をもらって生活しているので。私の労力だけでなく、技術力や色んな能力に対してお金が支払われていて、それは会社から私にってだけではなくて「私を利用する人」から「私が所属する組織」にも支払われているので。

だから私は日々の仕事に関しては、プロです。プロだから、「ヤバほどおもんないな!」と思うものでもクオリティを上げるために能力を使うし、「これは詰めればバズるな!でもお金はもう赤だぞ?」ってものは船頭の動きを見て程よいところで切り上げます。モノによりますが。「クソが!誰がテメェなんかと仕事するか!」と思っても案件が終わるまでは顔を合わせて完成まで一緒に進みます。

「ヤバほどおもんない」モノも私がおもんないと思ってるだけで世間やクライアントはおもろいかもしれないので、自分の思う面白さは時として捨てることもたくさんあります。私はよく世間とズレていると言われるので捨てることは多いですし、イケる!と思ったものがめちゃめちゃに炎上していてあちゃーと思ったことも何度かあります。やっぱり自分が面白くないなと思ってしまっているものに付き合うのは苦痛だけれども、お金で私の能力を買われているので付き合う義務があります。クライアントの望むものを作り上げる義務もあります。

それらの義務を全うすることに加え、勉強もするし、色んな技術も磨くし、プロとして振る舞えなきゃいけない。

当たり前のことしか言ってませんが、これが私の仕事への考え方です。

 

一方で、私は文章を書くことは趣味で、それでお金をもらいたいなぁと思ったことは(意外にも?)ありません。なぜって趣味だからです。

ただ、今回の文フリは人様からお金をいただくことになっていたので、お金が発生する分いつもよりクオリティやら見栄えやらには気を遣いました。

noteで好き勝手に書くのはまあいいんですよ、読む人がストレスを感じすぎる見た目なのはどうかとは思いますが、とはいえあそこはSNS で自分の場所なので好きにすればいいんじゃないかなと思うんです。でも、700円払って買った本の見栄えがクソだとドブに捨てたような気持ちになるでしょう。700円あればコンビニで豪華ランチが用意できるし、はなまるうどんでもなかなかのメニューに仕上がりますからね。

今回、編集長である満島エリオさんには何度もレイアウトのことで修正を投げまくって投げまくって疲れさせてしまったけれど、あれはお金をいただくってことに対しての私の責任の取り方です。エリオさんもちゃこさんも文章でお金をもらっている人なので、そこを理解してくれるんじゃないかなと甘えてレイアウト修正しまくっていた部分もあります。おふたりが人気とか儲けのことだけを考えてしまう人だったら、私は多分合同誌に書いてないと思います。何様やねん、って話ですが私がクソみたいなクオリティの本を700円も払って買いたくないので。noteには気まずくて書けませんでしたが、信頼できるおふたりと一緒に載せてもらえるのはしあわせなことだな、と思ったから書くことにしました、実は。

 

打ち上げの場でも言いましたが、私はnoteやらはてブはただ好きで書いているだけ、自分の気持ちや創作の吐き出し場所として使っているだけなので、無意味に人とつながることもしないし人の集まりに行くこともしないし、徒党を組んで自分の立ち位置を誇示することもないです。好きでやっていることで疲れるのは嫌ですから。

あの場でも結構強い言葉を発したことで数人傷つけてしまったかなーと思ったことを頭の隅に置きながら今からものすごくクソなことを言いますが、私は「力を持った素人」は「とは言え素人じゃん」と思っているので、めちゃめちゃにフォロワーがいてフォローが少ない人とかにフォローされても変わらず「ありがとうございます〜」だし、ぐわーっとフォロワーやいいねが増えたところで「有名になってきてる!?」と思うこともありません。どうでもいいので。それで私が書けることが変わるかって言ったら全くなんの影響もないので。「めちゃめちゃフォロワーがいる素人」さんをすごいとは思いますが。わたしにはできないのでね。

そりゃね、憧れてる人にフォローされたりいいねされたりするとうれしいですよ。でも、あんまり素人で憧れる人はいません。素人で本当に面白い人は何らかの形でプロに発見されたりどうにかなったりすると思うんです。今はまだ見つけられてなくて今後変わっていく人もいるでしょう。でも「その可能性がある人」を好きでいようとすることもないし、多分読まないし、下手したらプロになっても知らないままだと思います。

 

ここまででだいぶ嫌われたかなと思うので、嫌われたついでに全部言ってしまいますが、「好きに生きようぜ!」なこのご時世この風潮の中で、好きでやってることで何でそんなにいばらの道をいくのかが本気でわかりません。好きにしたらいいじゃん。好きな人だけフォローしたらいいんですよ、最悪フォローしてミュートしたり読まなかったりしたらいいんですよ。自由なんだから。相手が傷つくかな?って思うんだったらバレなきゃいいだけの話です。

それと、自分のことを見てほしいなら欲しいだけの努力をしなきゃいけないと思います。それは多分365日noteを書き続けて誰が自分のことを見つけてくれるのを待つことじゃないんじゃないかな。365日書いてることを武器にして何かしらするのならいいと思うんですけど、受け身だとダメなんじゃない?って話です。受け身で見つけてもらえる人なんてそうそういません。一握りです。でもその一握りがめっっっっっちゃくちゃに目立つし、今の時代その一握りがいっぱいいるように見えるから「自分もあるかも」とかって思ってしまう。でも大丈夫、ほぼほぼ無いですから。一握りが増えたように思うのは「何者かになりたい人」の母数が激増しただけです。むしろ倍率は高くなってるんじゃないですか?知らんけど。みんなもわかってるでしょ?私もわかってます。

 

素人からプロの中に飛び込んで素人な気持ちでお金をもらい続けることはほぼ無理なんじゃないですかね。素人でお金をもらいたいのなら素人の中から出ないことです。プロになりたいならプロになるための明確な何かをしなきゃいけないし、使えるものは全部使わなきゃ損です。全部全部やっても報われないことが死ぬほどあります。まあこれもわかってるでしょうけど。

 

だから、noteって言うただのサービスに夢を見たって虚しいだけなんですよ。あれはただのSNS 、誰でも利用できるただの広い土地です。編集部のおすすめで回ってきたものでもいいね全然ついてないのあるじゃないですか。しかもおすすめにしてもコンテストにしても、選んでるのは個人なので「選ぶ人の主観の面白さ」が基準なわけですよ。そんなの、そのときの編集部や審査員にハマらなかったら選ばれないに決まってるじゃないですか。

仮に「何度も選ばれる人がいてずるい」と思っているのなら、それはその「何度も選ばれる人」があなたより上手なだけです。あなたがその人より「その時の審査員にハマるものが書けなかった」だけです。人が選んでるんだからそう言うものです。これが選ぶのがAIで明確な評価基準を設定していたらまた選ばれる人は違うし、人間の審査員が変わるとひょっとしたらあなたが選ばれるかもしれない、そんなもんなわけです。

 

文フリの打ち上げでも皆さんに「髪の話は特定の審査員にハマるものを書いたんですか?」って聞かれました。私にしてみれば新感覚な質問でびっくりしたのだけれども、やっぱり選ばれたいならそうするのが一番近道なんだろうなって思いました。noteの場合だと短期間で研究しなきゃいけないので大変でしょうけど。

私は研究するなんて面倒なので今後も好きに書きますが、あの髪の話は「私が好きに書いた」ら「私の憧れの人が選んでくれた」だけの話なので、審査員が違えば箸にも棒にもかからなかったことです。憧れの人が「全部読む」って言ってたから「読んでもらいたいから書いた」ら、ありがたいことに〜〜って流れなので、個人的には超絶奇跡が起こったなと思いました。てかその後もう一回同じ人が別のコンテストで審査員やるってなって、認知されてるしなハナホジとか思って狙って書いたんですけど、それこそマジで箸にも棒にもかからなかったです。だから、もしハマるものを狙うなら超超超超研究しなきゃいけないんですよ。めんどくさい。

 

もうみんな好きに書けばいいじゃん。好きにすればいいじゃん。その人とつるまないからって死ぬわけじゃないし、その人とつるんだからってデビューできるわけじゃないし、書きにくくなるわけでも書きやすくなるわけでもないし、声をあげたからってそれはただのサービスでお前のためのサービスじゃないし、声をあげなかったからって叩かれる必要ないし、そんなことで叩くやつは頭おかしいんじゃないかって思うし、人生賭けてるんならもっといろんな手段を持つべきだし、人を羨む暇があるなら書くなり観るなり話すなり聴くなりすればいい。

 

みんなもっと頭使って楽しく生きようよ。

それで自分の好きなこと書こうよ。

書くことを楽しいって思える人間に生まれてきたんだから。書くことが楽しくない人よりひとつ楽しめることが多いんだから。

みんな人の主観に振り回されるのやめちゃえばいいのに。

 

 

 

って思いました。