月が綺麗だからなんだって話で

アセクシャルな人間の雑記

苦しいこと

赤ちゃんを産んだあの子に、

まだ面と向かっておめでとうと言えていない。

多分しばらくは直接会わないほうがいいと思う。

赤ちゃんにも、赤ちゃんを抱えたあの子にも、

そうでなくてもあの子にも、

危険な場所に出てきてほしくない。

初めての子育てを、いつか実家に戻るお母さんと一緒に、

期限付きの手助けの中で頑張ろうとする彼女が心配だ。

旦那さんがどんな人か知らない。それも不安。

 

その子に会えない分、別の友達に声をかける。

「怖くなかったら、遊ぼう」

会って遊んでくれるから、怖くないのかもしれない。

彼女も外に出たいのかもしれない。

でもその子が元気でい続けられる保証はない。

もしかしたら万が一があるかもしれない。

それでも私はもう、誰にも会えないことが辛い。

だから声をかけてしまう。会ってしまう。会ってくれる。

本当にこれでいいのか。

 

部署に新しい人が入ってくるのが怖い。予定はないけど。

でもこの会社は昨日はなかったことが今日はあったりするし

昨日はあったものが今日はなかったりする。

だから昨日は元気だった人が今日は泣いてたりするし、

昨日まで泣いてた人が今日はもういなかったりする。

昨日まで笑ってた人が、急にいなくなる。それが怖い。

もう、誰も入ってこないでほしい。

もう、苦しくなりたくない。

もう、自分の言葉が無意味だと突きつけられたくない。

同情なんかじゃないはずの「この時期は辛いですよね」が

その人を追い詰めてるのかもしれないと、もう思いたくない。

どうやったら寄り添えるかと考えて考えて絞り出した言葉が、

余計な言葉だったのかもと、虚しくなりたくない。

「この会社でやってみたいことがあるんです」と言ってた言葉を

「あんなこと言ってたのに恥ずかしいんですけど」という言葉で

全部なかったことにした顔を見たくない。

 

自分たちのおかしさに気がつけない人たちの

「辞めたらしいよ」

「根性ないと辛いかもね」

「頑張れないの?」

「こっちだって大変だっつうの」

 

辞めて言った人にかけられなかった

「何か辛いことがあったら言ってくださいね」

「仕事、抱えすぎてませんか」

「困ってることがあったら言ってね」

「大丈夫?一人で辛くない?」

 

私じゃなくてその人に言えよ。

私は一人でできる、辛くてもできる、やれる。

抱えすぎてるけど、それはあなただって一緒だし、

辞めたあの人だって一緒だった。

私はもう、困っていることはない!

あってもなんとかできる。

なんとかできるようになった。

そうじゃなくて、なんとかできないあの人に、

どうしてそれを言ってくれなかったの。

まだ、どうすればいいかわからなかったあの人に

どうしてそれを言わなかったの。

 

「仕事早いね!助かる!頼もしくなってきたね」

「あなたは辞めずに頑張ってて偉いね」

「最近たくましくなってきたね」

 

私のことを見る暇があるなら、

あの人のことを見てあげてほしかった。

あの人にかけられなかった言葉を私に言うな。

償いのつもりか何か知らないけれど

今の私にその言葉は必要ない。

後ろめたさから出る言葉なんかいらない。

 

私のことを見るならちゃんと私と私の仕事を見て。

去ってしまった彼女たちを通して私を見ないで。

 

 

会いたい。誰かに会いたい。誰にでも会いたい。

会えない。誰にも会えない。誰でも会えない。

日々増える感染者数に、どんどん心がえぐれていく。

感染者を磔にするような世間に、心が潰れていく。

 

ねえ、それ明日はあなたが上る十字架かもしれないよ?

その言葉、明日はあなたが言われてるかもしれないよ?

あなたはなんとも思わないその言葉が、

明日の誰かを殺すかもしれないよ?

 

いいの?

 

毎月誰かが死ぬ。

毎月誰かが不倫する。不祥事を起こす。

でもそれ、あなたに関係ある?

誰かの不倫が、誰かの暴言があなたに直接関係ある?

「好きな人だったのに」「信じてたのに」

だから何?勝手に好きになって勝手に信じて、

それで勝手に失望して、全部一人で踊ってるだけじゃん。

あなたが不倫されたわけでも迷惑行為を受けたわけでもないじゃん。

 

じゃあ黙ってようよ。

 

ねえ、世界はどうやってこの疫病を乗り越えようとしてるんだろう。

どこかで続いてる争いは、この状況下でどう変わったんだろう。

どこかに大量発生した大きなバッタは、どうなったんだろう。

そこの人たちの暮らしは大丈夫なのかな。

マスクがない国はあるのかな。大丈夫かな。

今年の日本は、まだ夏が来ないね。雨ばかりだね。

豪雨はどうなったかな。どう変わっちゃったのかな。

避難した人たちはもうお家に帰れたのかな。

ちゃんと着るものや食べるものがあるのかな。

どうして休業したお店に補償金が出ないのかな。

どうして悪いことをした政治家がボーナスをもらえるのかな。

どうして看護師さんたちが薄給で命をかけてるのかな。

現場の人はいつ休めるのかな、休めてるのかな。

どうして演劇のお客さんにまつわる諸々が晒されてるのかな。

プライバシーってどこにいっちゃったのかな。

 

何を伝えるかは、ちゃんと考えないといけないんじゃないかな。

どんなフィルターをかけるかが、それぞれの理念なんじゃないのかな。

それぞれの信念なんじゃないのかな。

どうしてみんな同じことしか言わないんだろう。

どうしてみんな正義の門番みたいな顔して誰かを叩くんだろう。

それを自分がしない自信、どこにあるの?

じゃああなたが間違えた時、なんて言うの?

どうするの?あなたが今見てる全部、自分に飛んでくるよ。

怖くない?平気?耐えられる?死なずに居られる?

 

本当に?顔あげて歩ける?

 

 

怖いこと、苦しいことがこの数ヶ月ですごく増えた。

多すぎて、立て直せたはずの心がまたつらい。

こうやって何かを書けるくらいには気力は出たけれど、

また同じことが続くかもしれないと想像すると吐き気がする。

今日外を歩いて、昨日あったことが嘘のように、

誰しもが軽い足取りで街に出ていることが、

誰かと笑いあっている風景が怖かった。

もう昨日のことが全部過去になっているかもしれないことが

とてつもなく恐ろしかった。

「嫌い」「うざい」「死ねばいいのに」

そんな言葉がいつもと変わらず聞こえることが嫌だった。

 

たぶん、きっと明日も今日と同じ。

部署のミーティングで「働きすぎないようにしてください」

チャットで「仕事増えたけど大丈夫?」

ネットで「誹謗中傷は絶対にダメだ」

TVで「まだまだこれからだったのに」

 

心がない言葉はもう言わないほうがいいんじゃないか。

でもそしたら何をいったらいいのかわからなくなる。

けどそれっていつも私の言葉に心がないってことになるのかな。

 

そんなことはない。……はずなのだけれど。

 

そんな全部が、どこまでも苦しい。