月が綺麗だからなんだって話で

アセクシャルな人間の雑記

ラブレターと呼ぶにはちょっと気持ち悪すぎるやつ

久々に文章で思っていることを垂れ流したら調子が出てきたので、好きなことやもの、人を書きます。

 

映画が好きです。大学では「この映画も見たことないのに映画好きなんて名乗っちゃいけない」と思って黙って過ごしていたけれど、やっぱり私は映画が好きです。もちろん好き嫌いはあるのでドキュメンタリーはそんなに見ないし単館系の映画も張り切って見に行く人間ではないけれど、それでも映画はワクワクドキドキさせてくれるから好きだなぁと思います。映画を見ながら考えるのが好きです。作品の考察も好きだし、物語の訴えている社会問題や自分の抱える悩みについても考えます。その時々で心がむく方向は違うけれど、映画を見て考えて自分の思いを明らかにするのがとても楽しいです。あまり他人には興味がないですが、人が私と同じ映画を見て何を考えたかにはとても興味があります。そして議論できると尚楽しいです。私の言っていることを「その通りだと思います!」と言ってくれる人もたまにいますが、それだけだとつまらないなと思ってしまいます。そうではなく「自分もこの部分でこういう風に考えました」って言ってもらえると嬉しいなぁと思います。もちろん私と全然違う見方をする人と話すのも好きです。だって自分の思いもよらなかった見方をしている人の話を聞けるなんて、楽しくないはずがないじゃないですか。もし私がその人の意見に共感できなくてもそれはそれでアリです。議論すればいいだけなので。ただ、私は自分が納得するまで議論を続けたい人間なので、相手の方は大変かもしれません。私の恋人になる人はとても大変だと思います。この前弟二人と議論しましたが、「自分の彼女にこんなに毎日議論ふっかけてこられたらやだわ」と言われました。まあ、恋人はしばらく作れないと思うので大丈夫かとは思いますが。次の恋人は白人の方だろうと思っています。私の直感と母の直感とお気に入りの古着屋さんのお姉さんの直感がそう言っています。3人とも別々のタイミングでそれを思っているのでおそらくこれはほぼ確です。面白いですね。どこで出会うんですかね、外国の方が日本に入ってこられないこのご時世。しかも去年からですからね、「たぶん外国の方…それも白人系の方かなって思うんですけど」ってお姉さんから言われたり、「あなた多分外国系の人と付き合うんじゃない、白人の」と母に言われり、「私白人と付き合う気がする。黒人が好きなんだけど」と思ったりしたのは。そのまま何もなく一年経ちましたが。むしろ去年外国の方と一度もお会いしませんでしたけどね。ウケますね。実家に帰った途端結構悲しいことが起こりまして、父にとっては大事件にあたるほどのことだったのですが、それを一生懸命母と乗り越えようとしている夫婦の背中を見て「こうなれるんだったら結婚も悪くはないかもしれない、ギャンブルだけど」と思いました。要は信頼関係を結べるかどうか、何でしょうね私にとって結婚というのは。楽しいことは2倍にはならないかもしれないけれど、悲しいことを半分にすることは可能なのかもしれない、お互いに信頼できる人と一緒にいることができれば、なんてことを思ったりしました。かと言って猛烈に結婚に憧れることはありませんし、恋人期間のアレコレも本当に未だに耐えられる気がしないのですが、そこを世に言う甘々カップルのような関係性ではなく信頼している友人のような関係でいつつお互い性欲ゼロなら私何とかできるかもしれない、とか何とか、ちょっとだけやわらかく考えることができるようになりました。私は性欲がなくて許される関係がいいです。無理やり映画の話に戻しますが、去年観た映画で一番面白かったのは「ジョジョ・ラビット」です。次点で「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」でしょうか。現状。ジョジョ・ラビットはテーマの深刻性と画面を構成する色使いやキャラクターのポップさの対比が重たいテーマをエンターテインメントにしていて面白かったです。もちろんこの面白いはアッハッハと言う方向の面白いではなく、喜劇で戦争の理不尽さや非道さを表現すると言う映画表現に対する面白み、のことです。ヴァイオレット・エヴァーガーデンはこの完成度のアニメ映画を久しぶりに観たなと言う点においても満足感を得られました。鬼滅の刃の映画もかなりの完成度でしたし作画・背景のクオリティの高さから声優陣の鬼気迫る演技まで非常にとてつもない完成度でしたが、個人的にはヴァイオレット・エヴァーガーデンの方がストーリー性やその前のアニメ版まで含めての総合芸術として、最高の満足度でした。「あいしてる」がわからないロボットのような、兵器のような少女が他人の心にたくさん触れていくことで、自分の愛を見つけていくその姿に私は勇気付けられました。ひょっとしたらいつか私も人を好きになることができたりするのかな、と。ま、そんなことはなってみないとわからないですし恋愛感情はなくても愛情はあるのでちょっと話が別かな?とは思いますが。ちょっとくさいこと言って恥ずかしいのでここまでの流れを台無しにしますが、浪川大輔さんにときめかされてちょっと悔しかったです。映画はいいですよ、映画館で観るとなお良しです。映画は映画館で観るために作られてますし、それを最大限に出力できるのが映画館ですから。映画と映画館はセットです。でもお家のポンコツテレビで観るのも好きですけどね。だけど私はやっぱり映画館が好きです。オススメの映画の余談ですが、2019年は「ロケットマン」と「蜜蜂と遠雷」がよかったです。どれも観るのに体力はいるかもしれませんが。映画はいいものです。

 

ご飯とお味噌汁がおかわり自由なご飯屋さんが好きです。一人で家にいるときはいろんなことを気にしてあまりパクパク食べられないしもう半年ほどお米も炊いていませんが、本当は食べることは大好きです。家で食べるご飯は味を感じられず美味しいと思えませんが(コロナではない)、外で食べるご飯はファミレスでなければ美味しいなぁと感じながら食べることができます。美味しいおかずちょっとでたくさんお米を食べるのが好きです。白米も好きだし、五穀ご飯も炊き込みご飯も好きです。おこわはちょっとお腹に溜まっておこわがメインみたいな気持ちになるのでそんなに選びませんが、でも実家にいるときはたまに行っていた百貨店の山菜おこわが大好きでした。あのおこわならいくらでも食べられます。小さい頃から美味しいお米を食べて育ったので、お米が大好きです。お米は偉大です。古米を使っていて白米が激マズのご飯屋さんでも、次回以降炊き込みご飯や五穀ご飯に変えてしまえば何てことありません。美味しく食べられます。前の会社の時によく行っていたお弁当屋さんはがっつり古米を使っていましたが、ハンバーグ弁当にしてしまえばデミグラスソースの味で古米の美味しくなさを軽減できるので優秀ハンバーグ弁当と呼んでそればかり食べていました。嘘です。でも何かしら味をごまかして美味しく食べていました。それなりに美味しかったです。野菜がほぼゼロの茶色いお弁当でしたが。鯖味噌が安くて多くて古米もごまかせて最高でした。お米は偉大なんです。私はちょっとのおかずでたくさんのご飯を食べるので、基本的に定食の初回に盛ってあるご飯では正直足りません。お腹は満たされますが心が満たされません。だから太るんだなと今これを書いていて思いましたが、ご飯の前で人は無力です。美味しいものは美味しく食べたいじゃないですか。美味しいものはお腹いっぱい食べたいじゃないですか。だからたくさん食べていいんです。私はただでさえ人よりも何かを美味しいと思える機会が少ないので、美味しいなと思ったときは気がすむまで食べることにしています。最近すごいなと思ったのは、無印良品のレストランです。Café&Meal MUJIと言うそうです。今知りました。「お好きなデリを組み合わせてください」とのことで、目の前にざっと選べるおかずが並んでいます。それだけでも目が幸せですよね。しかもお金を出せば、メイン+おかず4つ+お味噌汁+ご飯(白米か季節の炊き込みご飯・ご飯はおかわり自由)と言う「正直お腹いっぱいになりすぎて食後全然動けないよね」なプレートを作ることが可能です。この前はそれでお腹がはちきれるかなと思いました。おかず一品ずつがそれなりの量あります。お腹は苦しくなりますが、嬉しいですよね。あとここはジンジャーエールが美味しいです。私はジュースもお酒も含めたお茶以外の飲み物の中でジンジャーエールが一番好きなのですが、ここのジンジャーエールはシロップが濃くて満足度が大変高いです。あ、思い出しただけで飲みたくなってきちゃいました。そのくらい大好きです。あのシロップは売っているのでしょうか?調べてみたいと思います(多分調べません)。もう一つ好きなお店がありまして、と言いますがそこは「好きだった」と言った方が正しいかもしれないのですが、新宿のマルイアネックスなどに入っている京都石塀小路 豆ちゃと言うお店です。ここはお味噌汁もおかわり自由です!しかも、そのお味噌汁、何と白味噌なのですよ。ほの甘くてやさしいお味の、ホッとするお味噌汁で私は鍋ごといけます。ただこちらは数年前にメニュー改定が入ったことで、私の好きだったくず豆腐がなくなってしまったので「好きだった」お店としました。でも基本的にずっと美味しいので、今もたまに食べに行きます。たまにさわらの西京焼きが日替わりメニューででますが、この日は絶対に日替わりメニューにします。白味噌のお味噌汁が美味しいお店なので(?)西京焼きも超絶美味しいのです。鮭の西京焼きもありますしこちらの方が私は遭遇率高めなのですが、やはり西京焼きで一番なのはさわらです。異論は認めます。他のオススメは塩鶏の柚子胡椒焼き御膳です。私と新宿で食事をする人は、私主導の場合、初回は必ずここに連れて行かれます。何はともあれ、美味しいおかずに合わせてご飯とお味噌汁をもりもり食べられるお店は大好きだなぁ、と言うお話でした。

 

家族が好きです。と言っても好きだなぁと一点の曇りもなく胸を張って心の底から大声でそう言えるのは3年前くらいからですが。それまでは好きではあるけど嫌いに思う時もたくさんある、と言った感じだったので。でも今は大好きです。恥ずかしげもなく、人前で家族が好きだと言えますし、もうこの歳なので父や母と仲良くしているところを人に見られてもなんとも思いません。気恥ずかしさもないです。母とは友達とまでは行かなくとも心の距離は近くなったと思うし、そうなれば振る舞いもそうなるし、父に対しても社会人になって働いてお金を稼いでみて改めて尊敬の気持ちも大きくなったし、並んで歩いたり二人だけで話したりすることも楽しいなぁと思うようになりました。まだ時間が全然経っていないのであまり書くべきではない、言うべきではないことがひとつ昨年末に起こったのですが、やはりいつまでも若い時の親のつもりでいてはいけないのだなと、改めて今回の帰省中に感じました。私は自分の親のことを無敵だと思っていて、大変ではあるだろうけれども二人の心が折れたりすることはないだろうとずっと思っていました。でも父は中間に挟まれて毎日会社でも家でも働きすぎているし、母も朝一通り家事を終わらせてからパートに行きヘトヘトになるまで働いて帰ってきたらまた家事をします。二人とも昔より睡眠時間が減っていて、おそらく食事量もそれまでよりも減っているのでしょう。父は朝食を食べずに仕事に行っていると聞きました。実家に帰って二人の顔を見て、ああ疲れてるなと一目でわかるほどには疲弊していました。でも私たち子供の前では、二人はちゃんと親であろうとするので、私が朝起きて家事を手伝うと母は「お母さんがするから休んできな」と言ってくれるし、父は普段よりも早く帰ってきて私たちとたくさん話をして普段よりも遅くまで仕事をしていました。そんなに頑張らなくていいよ、と思うのです。普段頑張ってるんだから、もう私だって社会人数年やってるんだから、ある程度娘に投げられることは投げちゃえばいいと思うのです。私だけじゃなくて弟も二人もいるのだから、私一人でやりたくないことは弟も巻き込むし、弟たちだって「そんなのだるいからやりたくない」なんて言う人間じゃありません。いいから休んでて、と無理やり座らせないと私の親は全然休もうとしないのです。むしろ私たちが帰ってきているときしか休めないんだから、チャンスだと思って休めばいいのに。どんなに自分たちが疲れていても、久しぶりに帰ってきた私たちをもてなそうとしてくれるのです。でも私が帰省するちょっと前、母はおそらく軽い鬱になっていて、朝起きれず仕事に遅刻しそうになったり、逆に元気すぎてふわふわしてたら事故ったりと色々やらかしていました。私はそれを軽くしか知らず、帰省してから詳細を聞いたのですが、それはもう普通に危険信号なのでちゃんと休ませたいのです。父もそう。母はその後無理やり有休をとって回復したとは言っていたけれど、父は年末ほとんど休むことがなく4日からまた普通に仕事をしています。私はどうして二人がそんなに頑張れるのかわかりません。普通に心配です。どう考えたって普通じゃないと思うのです。これが20代の自分たちだったらまだ可能かなとも思いますが、20代の私だって正直今仕事休みたいなぁと参ってしまっているのに、その倍生きて動き続けている二人がこれでなんで大丈夫かが全くわからないのです。どうにかなってしまう前に、二人にはちゃんと休んでほしいと思っています。そう思っているのに、そのためには多分二人が抱えている荷物を一部背負える人間が必要で、私はまだその人間になれるほど大きくありません。親から借りているお金だってまだ返せてない、実家に戻らずとも地元に戻ることもできない、結局私は二人に少しでも楽をしてほしいと思いながらもなんの手助けもできない、ただの子供です。取り返しのつかないことになる前に、ちゃんと休んでほしいのですが、お金借りっぱなしのまだまだ東京にいたいただの子供は、二人に何ができるのでしょうか。元気に生きることくらいしか思いつかない自分がバカでどうしようもないです。でも二人にもちゃんと、自分たちは無敵ではないのだと言うことを自覚してほしいのです。どうして東京と地元はこんなにも離れているのでしょうか。電車2時間くらいで行ける距離だったらよかったのに。
ちょっと悲壮感が漂ってきたので、明るい話をしましょう。年末、その大事件であっちにもこっちにも気をやらないといけない二人でしたが、私たち子供は子供だけで(主に私が)いかに大人になったかを家族に披露すべく(そんなに嫌な意味じゃない)3人でお買い物に行きました。昔は喧嘩が多すぎてほんと憎らしい弟たちでしたが、いい加減全員20オーバーになったので喧嘩もなく楽しく過ごすことができました。メインの目的は下の弟の成人祝いを探すことだったのですが、30分くらいで終わってしまいじゃあこの後は服に何も執着がないお兄ちゃんのお洋服を探そうかとなった時、下の弟が「お母さんが家できてるカーディガンがもうボロボロだから、新しいのをプレゼントしない?」と言ってきたのです。姉は泣きました。涙を流さず泣きました。心の中でおいおい泣きました。私の中では幼稚園生で止まっているガキンチョの弟が、母が毎日きているカーディガンの使い古された状態に気がついていて、しかもそれを本人に「新しいのにすれば?」と提案するのではなく「僕たちでプレゼントしようよ」と兄弟に提案できるなんて。なんていい子に育ったんだこれだから彼女持ちは見てるところが違うなすげぇな!!(冗談)と大感動しました。それに対して上の弟も「いいね」と素直に乗るし、その後「じゃあお父さんも部屋着何着てるかよくわかんないからお父さんのプレゼントも探そう」と私が提案すると二人とも「そうだね、二人にあげよう。どこのお店がいいのかな」とちゃんと主体的に考えてくれたのです。ひぇ〜っとなりました。良い男たち〜。自画自賛ですが、紆余曲折を経ていい子供たちに育ったなと思います。嘘です。希死念慮エグめの娘と息子1、反抗期が長すぎる息子2が辿った紆余曲折はこんなカーディガンと部屋着で清算される程度のものではありません。でかい土地とでかい家5軒買っても足りないくらいです。お金で換算できないほどの苦労をかけましたし、今もまだかけています。だけど私だけじゃなくて弟たちも同じように両親のことを考えているのがこの時わかって、私はとてもとても嬉しかったのです。お金はお姉ちゃんが全部出すから、と言って二人へのプレゼントを選びましたが結局上の弟は「弟のぶんも」と言って半額渡してくれたし、下の弟は弟で「お姉ちゃん払いすぎじゃない?お金ある?」と心配してくれるしで、お姉ちゃんは感動の嵐が心に吹き荒れていました。お姉ちゃんはこういうことでお金使うくらいしかないので払いすぎなんてことはもちろんありません。むしろこの日のために12月は超節制してました。はぁ可愛い。ちなみに上の弟は前髪を下ろすと髪が長かった頃の菅田くんに激似です。変な女に捕まらなければいいなと思っています。下の弟は女の子と仲良くなるのがとても上手いのですが人の相談に乗りがち好かれがちなのでほんまにメンヘラタイプだけはやめてくれと思いながらもまあ色々失敗してみるのもアリなんじゃないかな、と彼らより数年色々経験してきた姉は思っています。こんな家族が好きです。東京で働く私と地元に帰って両親を助ける私と、自分がもう一人欲しいなと思っています。

 

こういうことをstandfmで話したかったのですが、いまいちうまく言葉にならなくて何も喋れずにいました。一個前で心にためてた暗い話を全部出せたので、明るい話ができました。よかった。今年はみんな、私の大事な人みんな、元気に生きて、楽しく毎日を過ごせますように。絶対にみんな生きて、年末また私が帰ったら元気に会うよ。絶対。会えない人たちもみんな、元気に。生きててくれたらそれでいいよ。