月が綺麗だからなんだって話で

アセクシャルな人間の雑記

街を出て脱皮した話

 

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おだやかで、ゆるやかで、まさかそんな生活を送れると思っていなかったから、今、とてもよい日々だと思う。

 

ちょっと前に、去年彼と半同棲していた街に行った。通っている眼科があって、3ヶ月に一回程度きているからか、懐かしさというのはあまり感じてない気がする。

激情まみれのこの街は、私にとってはあまりふたりで戻りたい場所じゃない。

 

この街にいたのは、付き合いだしてから半年だけ。

それなりに好きな街だった。都心に出るのも楽で、おいしいインドカレー屋さんもあるし、スーパーのとなりにはドラッグストアもあって、駅から家に帰るまでのあいだに全ての事を済ますことができる。一番好きだったのはアパートのすぐ近所にあった、コインランドリー。夜中に彼とふたりで洗濯物を運び、コンビニで買ったアイスや肉まんを隣の公園で食べながら待っていた。ブランコを全力でこいで酔ったこともあった。そんな私を見ながらたばこを吸う彼は、こんなこどもな私とは違って、大人な感じがしてかっこよかった。

そこそこ広い部屋、そこそこ広いおふろ、すばらしく広いキッチン。階段で4階に上がるのだけ大変だったけれど、彼の住んでいるアパートも街も好きだった。

 

それでもできればふたりで戻りたくないのは、この街における記憶はほぼ、喧嘩ばかりだからかもしれない。

喧嘩ばかりだった半年間、私が一番苦しんだのは「昔の女」の存在と影響力。どんなに今の自分たちを思っても、今に続く過去がある以上、私にとってその影は切り離せなかったし、これでもかというほど苦しかった。どうしたら気にしないでいられるかがわからなかった。

 

そんな私だったけれど、彼の努力と自分の努力のおかげで(ほぼ彼の努力)、今では「元カノさん」と呼べるようになり、昔話でダメージを受けることもなく、かわいい嫉妬で話を締められるようになった。えらい。

でもこの前この街に戻ってふと思った。私が彼の過去を気にしなくて良くなったのは、もちろん双方の努力もあるけれど、きっと、この街を出たからなんじゃないか、と。

今の街に引っ越してからもたくさん苦しいことはあるわけで、それなら何が違うのかと言われれば、たぶん、彼が昔愛した人との生活がない街だということ。

 

私は欲張りだから、彼にとっての最初で最後の女がよかったし、私自身はいろんな人に欲しがられた後でありたかった。

 

おそらくふたりが、今私たちが住んでいる街に降り立ったことはあったと思う。でも生活は、暮らしはなかった。他人である誰かを受け入れ、誰かとともに暮らすというのは、それはやはりある程度愛がないとできないことだと思う。それを彼がそれなりに「してもいい」と思えた女性が、私以前にいた。そして、その街で数年間、ふたりはそれなりの将来を見据えて暮らしていたのだ。そんな色のついた場所で、私は彼との新生活を送っていけなかった。

 

私自身も、自分が欲し欲された記憶のある街を出て、ほぼまっさらな今の街で彼と暮らすようになって、ようやく色々と落ち着いた。自分にとって都合の良い街を出る必要もあったらしい。大学進学とともに上京した当時から住んでいる街は、すばらしく居心地がよかったし、私の上京物語は全部この街で完結するくらいに、いろんな思い出があった。ひょっとしたらずっとこの街にいるんじゃないか、なんてことを考えたこともあった。

そんな予感とはうらはらに、私はあっさり街を出た。

でも、街を離れたあの日、意外にもなんだかすっきりしたのだ。

 

大好きな自分の部屋が空っぽになって、なんとなくすかすかになった身体で彼の待つ家に入って、それからら少しして、お腹の底から、大きなため息が出た。そのとき、なんとなく、脱皮した気持ちになった。

そうしたらなんだか、ここにたどりつくためのこれまでだったのかな、なんてかわいいことを考えられた。

 

それからそこそこのスピードで、「元カノさん」と呼べるようになって、今では「元カノさんとの生活の数百倍、私との生活を楽しくさせやる!」と息巻いたり、まあ気合いばっかり入れてても良くないなとふわふわしたり、もやもやしたり、ぴよぴよしたりしている。

 

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とある地下鉄の始発駅がある街の、12畳ワンルーム。最近彼が買ったロードバイクと植物たちでまた賑やかになったこの部屋が、私の世界で一番好きな場所だ。