月が綺麗だからなんだって話で

アセクシャルな人間の雑記

世界で一番嫌いな上司はデスクトップが汚い

デスクトップが汚い人が嫌いだ。というか、仕事場が汚い人が嫌いだ。
私は嫌いな人がほとんど生まれない人間だけれど、データ整理ができなかったり、仕事をするための机が散らかったりしている人のことは「好きじゃない」を通り越して「嫌い」だ。

今世界で一番嫌いなのは所属している部署の部長なのだけれど、この人のデスクトップは訳がわからないほど汚い。ブラウザのタブ整理もできない。デスクも汚い。
2ヶ月前からおせんべいの袋が開けっ放しになって転がっているし、もう賞味期限も切れているであろういつかの誰かのお土産がモニターの周りを囲んでいるし、赤ペンがデスクに3本ある。
ボールペンは見たことがないけれど、モニターに貼られている付箋の文字は全部黒い。逆に赤ペンは何に使ってるんだよ。

こんな人が部下をマネジメントできると思えない。
案の定出来ていないけれど、まあ、それは置いておいて。

 

まず小さな嫌いポイントから話すと、この部長はファイルの命名が死ぬほど下手だ。
偉い人に提出する資料はまだマシだけれど、自分で保管しているファイルは最悪の極み。

昨日「〇〇についての最終資料をもらえますか?」と聞いたら"〇〇_fix"と"〇〇_fix2"と"last〇〇_fix"と命名された3つのファイルが送られてきた。

どれだよ。せめて"last〇〇_fix2"であれ。

「どれが最後ですかね…?」と聞いたら「編集日付見て」と言われた。

"〇〇_fix"は2021年7月。
"〇〇_fix2"は2022年1月。
"last〇〇_fix"は2021年6月。

ふざけてんのか?

この時Youtubeを見ながら仕事している上司の後頭部を思いっきり引っ叩こうかと思ったけど我慢した私は偉い。

 

この前はペライチの報告書を求められたのでその通りにペライチで出したら、「これ使って書いて」と表紙と目次付きのテンプレートを渡されたのだけれど、そのテンプレートのファイル名は"資料"。

いや、全部資料だろ。
せめて"報告書テンプレ"とかにしてくれ。せめて。
ペライチが嘘だったことでただでさえイラっとしてるのに、こんな小さなところでもイライラポイントを突いてくるな。
媚の売り方じゃなくて命名センスを磨いてほしい。

 

次に嫌いなのが、ブラウザのタブ整理が一生できないところ。

プレゼンしながら無限に開いているタブをガチャガチャと探す姿。
「どっかに開いたんだけどな」と言いながらいらないタブを全員の前で閉じていく姿。
諦めてブックマークから開こうとするも、そもそもブックマークが整理されていないのでそこでもページを探している姿。

全てが滑稽なので早急にやめてほしい。仕事のできない部署と思われそう。
こんな上司が統率してる部署なんか絶対やばいだろ。まあウチなんだけど。

 

一枚のウィンドウに関係ないタブを残して新しいタブを開くな。
必要ないなら閉じろ。

別の用途のタブが必要になったならせめてウィンドウを分けろ。
同じウィンドウで開くな。

そして何よりプレゼン前に画面の整理をしろ。
それができないなら資料にリンクを貼れ。

どの口が「報告や提案は簡潔に書いて」とか言ってんだ。

 

嫌いポイントは数え切れないほどあるのだけれど、デスクトップとダウンロードフォルダが汚すぎるのが一番嫌いだ。
デスクトップは脳と、ダウンロードフォルダはインプットした情報の処理の仕方と同じだと私は思っているのだけれど、この上司の脳はぐちゃぐちゃで、情報もいろんなところに散らばってしまっているのだろうなと勝手に想像している。

私によく「そんな昔にやった仕事とか細かいこと、よく覚えてるよね。記憶力いいんだね。私記憶力よくないからさ〜」と言ってくるのだけれど、私は記憶力がいいわけではなく、その時々で物事をフォルダわけして整理しているだけだ。記憶しているのではなくて、置いているだけ。
だからそれに関連することや必要になる物事が起こるまでは忘れているし、固有名詞だけ言われても思い出せないことも多い。
ただ、一度その引き出しを開ければ芋づる式に過去の内容が出てくるから、思い出したかのように見えるのだろう。

デスクトップが死ぬほど汚い人でも、その人独自のルールがあったり思考回路があったりしてめちゃくちゃ物事を覚えている人もいるし、仕事ができる人ももちろんいる。
けれど、そんな人は本人にしかわからないルールがある。ルールがあるから、どんなに散らかっているように見えていても、タブもファイルも探さなくて済むのだ。
ルールがない人はただ散らかしているだけ。部長も、ただ散らかしているだけ。片せ。

 

何より、ダウンロードしたものをそのままにしておける気が知れない。
何かに必要だからダウンロードするわけで、用が済んだらもういらないから捨てればいい。
まだ使うかもしれないなら、整理していつ見てもわかるようにしておけばいい。

なぜそれができない?
いらなくなったり自分に有益じゃなくなったりした人のことはすぐ切り捨てるのに、有益じゃないファイルはなぜ捨てられない?

まだ使うかも?またいつか必要になるかも?
そうなるかもと思うのなら、一応大事にしておけばいいのに。
捨てムーブをした後に「やっぱり必要でした」って言ったって、捨てられた人間の心は戻ってこないんだよ。データはもう一回ダウンロードすればいいけれども。
汚いデスクトップを目撃するたびに、この人にとっては私もこのぐちゃぐちゃのファイルたちと変わらない存在なんだな、と寂しく感じて、ひどい扱いをされるたびにやっぱりそうなんだ、と痛感する。
でも全ての整理ができない人だから仕方がないのかもしれない、とも思う。

 

人間はデータとは違って自分で誰かの元を去ることができる、ということは知っておいてほしい。
今知ることができないなら、いつかたくさん後悔してほしい。

数々の不便と不幸が勝手にダウンロードされて、この人の人生の容量を圧迫しますように。

 

以上、ポストを一生綺麗にできない人間の戯言でした。
まあ、ポストはプライベート空間だからOKということで。